駅を撮り、駅を想う

旅するすみ屋~すみ屋さんだって旅したい~

駅とキロポストをひたすら訪問記しています

基本、訪問日に更新しています

訪問後に加筆修正する場合があります。ご了承願います


こちらもよろしくです

行くぜ、バス停。(バス停の写真を取り上げています)

すみ屋さんの「乗ってみました」(乗り物に乗ったら上げるブログです)

グリーン車がついております (グリーン車ネタを中心に色々と)

全ての県境は峠に通ず (県境メインで、峠や一里塚も)


飯塚駅

筑豊本線内では中心的存在な駅でした。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406135152j:plain
もちろん筑豊炭田が全盛期の頃の話です。現在の「福北ゆたか線」の一員としてはややカゲが薄くなった感がありますが…
f:id:tabisuru_sumiya:20210406135408j:plain
役所的な雰囲気の駅舎です。昭和45年に改築という石碑があったので、かつてはもっと貫禄のある駅舎だったのでしょう。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406135524j:plain
民営化後まもなくに訪問したときは、旅行センターがありましたが今は別な団体が入居しているようで…
f:id:tabisuru_sumiya:20210406135642j:plain
このあたりはあまり変わってません。出札窓口も健在ですが開いている時間はかなり短いです。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406135759j:plain
自動改札機の横にはカッパの置物と黒い石の塊が…多分こんな炭が取れるということを示していたのでしょうけど、説明文が見当たらず所見の人には「?」かもしれません。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406135922j:plain
2面3線の構内は郊外駅らしい雰囲気で、これだけだとここが運炭の拠点だったとは考え辛いですが、
f:id:tabisuru_sumiya:20210406140031j:plain
跨線橋から俯瞰すると、ヤードの痕跡が見受けられ「それと」知れます。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406140124j:plain
貨物需要が無くなってからも列車の出入りは多くヤードは留置線的なものに使われていたのかもしれません。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406140222j:plain
ヤード跡の半分は駐車場になってました。国鉄末期に「使えるものは活用」ということで鉄道用地はどんどんほかのものに転用されましたが、このように途中まで残っていると却って寂しさが増すような気がします。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406140551j:plain
原田方を見ると何か建物が建っていたのでしょう、基礎のみが残ってました。ここを起終点とする列車が多かった頃は乗務員がここに詰めていたのかもしれません。
青々とした雑草がレールを覆ってるのが、いかにも筑豊らしい風景でもあります。
f:id:tabisuru_sumiya:20210406140817j:plain
反対側を向くと雑草の中に観音様の白い像が…その下に「安全第一」とあるので、鉄道員がまさにこの駅で詰めて輸送にあたっていたことの証左と思われます。

貨物輸送がなくなり、支線の上山田線が民営化後まもなく廃止され、電化でシステマチックな路線の駅に生まれ変わりはしましたが、駅のあちこちに夕陽に当たって長く伸びるカゲのように「国鉄」の跡を随所に残しています。

Ⓒ2017 「旅する炭屋」製作管理・炭屋さん