炭屋さんの「行ってみました」

旅する炭屋~炭屋さんだって旅したい~

趣味分薄め。出先で立ち寄ったところをカテゴリ別にUPしています

基本、訪問日に更新しています

訪問後に加筆修正する場合があります。ご了承願います

こちらもよろしくです



行くぜ、バス停。(バス停の写真を取り上げています)

炭屋さんの「乗ってみました」(乗り物に乗ったら上げるブログです)



旧跡

みもすそ川公園

漢字は「御裳川」と書くそうで… 壇の浦の合戦場跡を含む関門海峡の下関側にある公園で、とりわけ目を引くのが ずらりと並ぶ「長州砲」です。加農砲と呼ばれてましたが、恐らく今のキャノン砲のことだと思われます。 幕末期にバリバリの攘夷だった長州藩が関…

壇の浦の古戦場跡

歴史の教科書を読んでたら必ず目にする合戦名だと思います。 平家滅亡のカウントダウンは富士川の戦いで始まり、ここ壇の浦の戦いで終焉を迎えました。 最初は平氏が優勢だったそうですが、途中で潮流が変わり源氏側が猛攻を仕掛けるカタチになり、最期は平…

阿野一里塚

名鉄豊明駅から国道1号を名古屋方面に走ると、本線から分岐する「いかにも」な旧道を進むと辿り着きます。 一里塚とは元々街道の両側に対になっているのがデフォルトで、明治期以降に拡幅されたり区画整理されたりして片側だけが無くなるパターンが多いので…

東海道舟橋木橋跡

橋は現存せず、その跡だけです 天竜川右岸の、かささぎ橋の浜松市側に六所神社という神社がありますが、その境内に説明文がひっそりと立っています。 六郷の渡しとか大井川の渡しに代表されるように、ここ天竜川にも橋はなく人足による渡しがありました。明…

武市瑞山殉節の地

殉節とは、殉難とほぼ同義ながら殉難よりはより思想的なものを感じます。 武市瑞山とは、土佐勤王党の領袖である武市半平太のこと。尊王攘夷をもって日本を支えるという思想のもとで幕末の荒波に漕ぎ出しましたが、世の流れが武市半平太の意とは真逆に動き出…

吉田東洋殉難の地

幕末の激動にのまれた政治家、と言えましょう 土佐藩の家老で参政という役職についていた吉田東洋元吉。西洋の事情にも明るく、早くから公武合体の必要性を説いていましたが、武市半平太率いる土佐勤王党から攘夷の障害と見られこの地で暗殺されました。 現…

坂本龍馬生誕の地

維新の立役者、坂本龍馬が生まれたところです。 大通りに面したこの地ということですが、今は隣が病院でもう一方は商店のようです。 ベンチや飾りが近くにあって一応観光地らしい体裁は整っていますが、基本住宅地の中ということもあってかひっそりとした雰…

高知城(高知公園)

いつの間にか城めぐりが趣味になってる炭屋が、行ってみたかった城のうちの1つです。 追手門から…仕事で遠くからは見ることはあっても中に入るのは初めてです。 段数は少ないものの、それでいて急勾配な石段を登りまず見たのは山内一豊の妻の像…って馬? 説…

高岡城趾(高岡古城公園)

今の高岡城趾は城跡というよりは、公園の側面がかなりパーセンテージを占めています。 本丸のあったあたりは広い芝生が敷き詰められ、遺構といえば石垣を組成していた石がオブジェとして置かれているくらい… 加賀藩初代藩主、前田利長像です。高岡城は富山城…

富山城趾

富山駅からも徒歩圏内。都市の真ん中にある城跡です。 見えてる櫓は天守ではなく二の丸か三の丸といったところでしょうか。全体的に白っぽいような気がします。 城に石垣は付きものですが、これほどに大きな石は見たことがありません。等間隔に何ヶ所も…何か…

佐々成政剃髪跡

炭屋が私淑している故・佐々淳行氏の祖先にあたる戦国武将の佐々成政ゆかりの地です。 富山城主だった成政のところへ豊臣秀吉の先鋒としてやってきた前田氏の攻撃を受け敗北、恭順の意を示すものとしてここで剃髪をし、仏道に入ったと言われています。 結局…

六地蔵一里塚

あと数キロで中山道と合流、といったところで、住宅地の中にぽつねんと佇んでいます。 東海道沿いということで、家屋はどちらかというとベテランの部類に属する家が多いのですが、その周りは新興住宅地といってもいいほど垢抜けています。 小ぶりな盛り土の…

泉一里塚

東海道をテレテレ流していたら、一里塚らしき盛り土が見えたので… ビンゴでした。東海道の泉の一里塚でした。 実際は東寄りの野洲川にあったそうですが、こちらへ移設されたとか。バンバン車が通る国道1号から川一つ隔てたこの地にひっそりと一里塚があるという…

小坂の水口石

東海道の路傍に置かれた石です 家屋の曲がり角に置かれていた、というのがそもそものはじまりで、「力石」という名前があったことから所謂「要石」的な存在だったのかもしれません(そこまで縁起的なものかと言えば疑問符が付きますが) 東海道はこの力石を軸…

垂水斎王頓宮跡

一見神社のように見えますが、厳密には神社ではないとも言えます。 斎王とは伊勢神宮に仕える天皇家出身の巫女のことで、平安時代あたりは盛んに都から伊勢国へ派遣されていました。 頓宮という言葉自体は天皇が滞在した場所、という意味合いで使われていま…

七里の渡し跡

2ヶ月ほど前に宮の渡し跡を訪問しましたが、あれの三重県側の船着き場の遺構です。 こちらも達筆な書体で彫られた石碑があり、どうやら街道が無くなってからのものと見受けられます。 小ぎれいに整備され公園的な雰囲気にはなってますが、資料によると当時か…

御油の追分

以前、日永の追分を訪問しましたが、あれの三河地方版といったところです。 ものものしい石碑と常夜灯台が並んでいますが、ここが東海道と姫街道との分岐点で、これらは今で言う国道の方向表示板といった役割を持ってます。 姫街道の途中から分岐する鳳来寺…

三永の石門

国道2号線を広島から岡山方面に走っていると、東広島呉道路のインターを過ぎたあたりで、古ぼけた石積みのモニュメントらしきものが見えます もっともこれはただのモニュメントではなく、旧国道を跨いだ水路橋で、現役当初は三永の石門と呼ばれてました。 明…

僧清虚火焚場跡

この部崎には灯台のルーツとなるような史跡があります。 昔から関門海峡は浅い瀬の部分もあって船が座礁するなど「海の難所」と呼ばれてました。 そこへ諸国を廻っていた僧侶の清虚が、この状況に心を痛めこの地で火を焚き行き交う船にここに陸地が有ること…

伊志見一里塚

伊志見と書いて「いじみ」と呼びます 国道9号を西へ走っていると、それまで宍道湖沿いに併走していた山陰線がスッと離れますが、その先にこの一里塚があります。 一里塚自体はこのこんもりとした土かぶりがあるだけで、かつては近くに松の木が生えていたそうで…

西寺跡

平安時代は羅城門を挟んで東寺と対になっていたお寺だそうです。 その時代は国家鎮護を祈る重要な寺社という位置づけでしたが、次第にその規模は小さくなり鎌倉時代に入ると廃寺になった、と言われています。 石碑が建っている場所は講堂とも言われています…

蟬丸神社

百人一首で有名なあのお坊さんに縁があります。 神社という割りにのっけから結構急な勾配が出迎えてくれます。しかし鳥居を見たときには、何がどうという訳ではないのですが、ハッとした気持ちにさせられます。 登り切るとそこにはこじんまりとした境内が広…

万人講常夜灯

国道1号を走っていて、前から気になってた場所なのでこれを機に訪問してみました。 なかなか立派な常夜灯です。元々は東海道沿いに建ってたものでしたが、国道建設を機に峠近くのここへ移設されたとの事。 常夜灯の下には国道1号下り線が鈴鹿トンネルを出て…

日永の追分

追分、という言葉自体は今で言うところの「ジャンクション」的な意味合いを持ってます。 四日市の中心地から国道1号を車で西へ約20分くらいで辿り着きます 今でこそ緑地帯的な雰囲気に見えなくもないのですが、ここはかつて伊勢への街道と東海道とを分けるジ…

乙子城跡

戦国武将、宇喜多秀家の父にあたる宇喜多直家の居城だったところです。 吉井川の左岸にあたる土手下にある小高い丘が、当時の乙子城です。 宇喜多家自身、備前の名門武家という血筋で織田信長と交流を始めるまでは備前付近のライバルと丁々発止やり合ってい…

大御堂城跡

城跡はなく、名残の神社があるだけです。 城主は竹中重元、あの軍師・竹中半兵衛の父親にあたります。 近くを流れる揖斐川から水を引き、泥堀を設けた平城のようでした。 そこそこの規模を誇ってたようですが、今となってはその後を偲ぶことは全く以て不可能…

美濃路道標

名古屋の市街地を出て程なく、枇杷島橋を渡りますがその近くにひっそりと立っています。 美濃路とは東海道から分かれて北上し岐阜へ通じる街道です。もともとは近くの枇杷島橋のたもとにあったものがここへ移設されたそうです。 道標と一緒に置かれている像…

晴明塚

陰陽師・安倍晴明のお墓、というよりは晴明ゆかりの地という感じですね。 国道150号の掛川市域を走っていると、かなり目立つ看板です。 森の中に入って僅か十数秒で晴明塚にたどり着きます。トラックやクルマがガンガン走る国道沿いなのに、塚の付近は結構静…

羅城門跡

芥川龍之介の小説でポピュラーになった史跡です 東寺から西へ歩いて10分かからずに到着。最初「へ?」と思うくらいに公園然とした雰囲気に別の意味で度肝を抜かれたような思いでしたが、少し奥へ進むと ええ、やはり公園でした(笑) それでも「らしき」石碑が…

志村一里塚

笹目橋で暑さにノックアウトされつつ都営三田線へ。志村坂上駅で降りるとさっそくこんな案内が… で、地上に出てみるとさっそくお出迎え。 中山道に建てられた志村の一里塚です。横に建つ家屋の古さと相まってここだけ時間が止まっているかのような雰囲気です…