炭屋さんの「行ってみました」

旅する炭屋~炭屋さんだって旅したい~

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行くぜ、バス停。(バス停の写真を取り上げています)

炭屋さんの「乗ってみました」(乗り物に乗ったら上げるブログです)



国道171号 京都・大阪府境

県境も府境も同じなんですけどね…
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そんな国道171号の府境は、「天王山の戦い」で有名な天王山にほど近いところにあります。
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京都から大阪府方向。
逆光ですいません…淀川の土手道で結構ストレートな道です。大阪府に入ると土手を降りて島本の街へ進みます。
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大阪から京都府方向。
こちらは大山崎の街に入る格好になりますが、天王山が見える分緑の多い風景になってます。
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古い国道なのであるんじゃないか…と辺りを見回したら…ありました。「府県界標」の文字がしっかり彫られた石碑です。
いつ頃建てられたものかは不明ですが恐らく昭和中期じゃないかと(国道171号の国道指定が1953年なので)

淀川と天王山の間には、国道171号、東海道新幹線、阪急京都線、東海道本線とこれだけと交通機関が集中しておりまさに日本屈指の動脈集中地帯と言えましょう。しかし県境の雰囲気はどこか長閑な、それでいて京と上方を分ける「国境」として存在感が強いように感じました。

国道21号 岐阜・滋賀県境

尾張、美濃平野が収束し伊吹と養老の山地の鞍部を縫うように走る国道21号に設けられています。
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岐阜から滋賀県方向。
県境を越えると同時に緩い坂が始まり、湖東の台地へ向かいます。
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滋賀から岐阜県方面。
東海道本線が寄ってくるので、この先では鉄道ファンがよくカメラを構えています。
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県境を示す石碑等はありませんが、擁壁の設えが岐阜県側と滋賀県側で変わっているのが興味深いです。
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国道21号はルーツを遡れば中山道になり、まさに美濃国と近江国を分ける場所でした。名神高速が出来ても交通量が多いあたりは、やはり「街道」の貫禄といったところです。

東海道本線(大垣~関ヶ原)

いわゆる「新垂井ルート」というやつです。
もともと東海道本線は垂井を通ってましたが、25パーミルの連続勾配があって輸送の隘路となっていたことから、後に緩やかなこの新垂井ルートを開通させ下り列車はこちらを通るようになりました
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新垂井駅という途中駅もありましたが、下り列車しか通らない路線なので大垣方面に行く客は一旦関ヶ原へ出なければならず不便でした。
そういう経緯もあって国鉄分割民営化直前に廃止され、以降このルートは時折通る特急列車か貨物列車が通るだけの「専用線」的な存在になりました。

勾配を避けるために敷設された新垂井ルートですが、当初の目的は十二分に発揮しているのに何か寂しさを感じるのは、僕が鉄道ファンだからでしょうか…

新垂井駅跡

「行くぜ、側線。」と共同企画です。
東海道本線で最新の「廃駅」です
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写真中央にホームらしき跡がありますが、これが新垂井駅跡です。
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駅舎と駅前広場のあったところはフェンスで閉ざされていて、ここに駅があった痕跡すら感じさせません。
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とは言え、近くの田畑のあぜ道からホームへつながっているので立ち入りはさほど困難ではありむせんが…列車の接近のないことを確認してホームへ。

※注!廃駅への立ち入りは基本出来ません。安全確保がされていない駅への立ち入りはオススメできません。万が一、事故があっても自己責任でお願いします!

待避線があったところのバラストの茶色さがまだ残っており、ここに線路があったんだなぁ…と思うとふと感傷的に。ススキや雑草がホームの2/3まで覆っており、順調に自然に還ろうとしていました。

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駅訪問を終え、近くの踏切が鳴ったので通過列車を見送ったら…特急しらさぎ号でした。

東海道本線の勾配をクリアする意味で設けられた「新垂井ルート」ですが、天下の大動脈であっても駅として成り立たなかったケースがあると言うことに驚きと共に鉄道経営の奥深さというものを感じました。

(東)荒尾駅

前に(東)を付けたのは、JR九州にも同じ駅名の駅があるので…
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駅舎はなくホームと待合室だけ…ローカル私鉄か第三セクター鉄道的なシチュエーションです。
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その待合室も木造でよい雰囲気です。もっともよい雰囲気と言ってるのは僕のような懐古主義鉄道ファンだけで、利用者はさてどう思ってるのでしょうか…
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(注)東海道本線です
訳注がなければホントにローカル線然としてます。東海道本線で数少ない無人駅(ここと隣の美濃赤坂、神奈川県内の根府川)は時間が止まったかのような雰囲気に包まれています。

国道1号 静岡・愛知県境

国道1号の静岡と愛知の境目は意外な感じでした。
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愛知県から静岡県方面。
天下の東海道をルーツに持つ国道1号ですが、このあたりの交通量はまばらです。ススキや枯草ばかりの寂しさ満点な雰囲気です。
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静岡県から愛知県方面。
こちらも似たような感じですが、心なしかこちらの方が枯木が多い分、寂しさ倍付けされてるような…
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県境を示す石碑みたいなものはありませんが、国道の管理事務所が変わる標識は建っていたので、これをもって県境と言えましょう。
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県境の傍を走る国道1号バイパス(潮見バイパス)
お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、これは純粋な国道1号ではなく、潮見バイパスが開通したものに伴う付け替え的なもので、以前は県道か市道だったと推測されます。
かつての国道1号は、バイパス手前で湖西方面に分岐した県道173号で、東海道を忠実に辿るとしたらそちらを行かなければなりません。

バイパス開通で一躍、天下の大動脈である国道1号を名乗らされるようになった道にある県境は、そんなことはどこ吹く風と、長閑な風景を遠州と三河にまたがって泰然と構えているようでもあります。

横須賀城

気がついたら結構城めぐりしてますね、僕…
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ネーミングだけだと神奈川県にありそうな感じがしますが、実際には静岡県の掛川市の外れにあるお城です。
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カテゴリとしては平城なんですが、小高い丘を巧みに利用し結構高低差がついています。
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復元したものなんでしょうけど、当時もこんな感じで細かな石を組んでたかと思うと…いやはや恐れ入ります。
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ここは土間があったと発掘の結果判ったとか…ただの広っぱも、ここに建屋があって武士が詰めてたかと思うとなかなかロマンがあります。
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そして天守閣跡。
小高い上に礎石がありますがあの辺りに建ってたとか。
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当時の防火水槽だとか…こんなものまで調査したのかと思うとこれまた脱帽です。
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遠州は大須賀氏が最初はこの辺りを治めたそうですが、終盤は西尾氏に取って変わられました。
小ぶりな城ですが、やはりこうして天守閣跡から一望すると「一国一城の主」の魅力は尽きないなぁ…とガラにもないことを思いました。

三保駅跡

清水港線の終点にあった駅です。
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これは多分公園化された時に設けられたものでしょう。清水港線というのも通称で、正式には東海道本線の清水港支線、というのが正しいとの事。
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ホームは現役時代からこの1本だけで、そもそも清水港線自体が貨物線としての使命が第一であったことから旅客設備は最低限のところで整備していた、ということでょう。
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それを物語るかのように、アルミナの原料を運んでいた貨車とこの地区で入替に携わっていた機関車(スイッチャー)が保存されていました。
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現在は「三保ふれあい公園」として整備された三保駅跡ですが、付近には工場等の事業所が多く当時の雰囲気を今もなお色濃く残しています。

清水灯台

三保の松原を見に行くつもりだったのですが…
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その入口にあったので…
日本初のコンクリート製の灯台だということです。一見地味な灯台ですが、国際貿易港となっている清水港にあるだけに、安全航行には欠かせない設備となっています。
ちなみに塔の頂にある風向きを示す飾りは風見鶏がデフォルトですが、ここは天女の羽衣伝説にちなんだものになっています。

国道141号 山梨・長野県境

山梨県韮崎市から長野県小諸市を結ぶ国道で、県境は野辺山駅やJR最高地点に近いところにあります。
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長野県から山梨県方向。
県境越えてすぐのところに駐車場がある以外は雑木林が広がるだけ…
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山梨県から長野県方向。
橋を渡って緩い右カーブが続きます。こちらも雑木林が周りにあるだけですが、ほど近いところにJR最高地点のポイントがあります。
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この境川が県境を分けており、すぐ傍を小海線が同じように渡っています。

長野も山梨もこのあたりは高原中心のところなので似通った印象になるのは、ある意味仕方ないかも知れませんね…